対談(ジョン・カラザース氏)

 最近、カラザースという名前をここ日本でもよく聞くようになりました。今、日本で最もカラザースで知られているのは、なんといっても毎月のように音楽雑誌に登場しているTokieさん(AJICO, EX.RIZE)の持っているサイレント・アップライトベースSUB-1でしょう。
ところが、以前から業界の中ではよく知られた大ベテランで、恐らくアメリカ本国では最も古くからリペアーをはじめた1人に数えられ、60年代より開発に携わったメーカーやミュージシャンとのプロジェクトの数は山の数ほど。
アメリカの楽器の情報がまだあまり入ってきていない1976年、主婦の友社から出ている『楽器の本』にも“20年以上のベテラン、クラプトンのエクスプローラーを弾けるように直した男”と紹介されていたほどです。
最近だと、巷をにぎわせている『バジー・フェイトン・チューニングシステム』なども、彼が共同開発したものです。が、あえて本人は表舞台には全く興味が無く、未だ裏方に徹しているのが、居心地が良いと考えています。
そんな訳で今まで余り語られる事がなかった事ですが、有名ミュージシャンの実際に使っているギターは、実はカラザース製だった!!・・・なんて事もしばしば。
エッ! あの人のあのギターが!!
そんないままで誰も語られずにナゾだった彼のインタビューです。




<製作中のカラザースのガットギターのBODYを見せてくれる。>

ジョン:これはデビッド・T・ウォーカーのオーダーだよ。日本にはよく行ってるの?

〜そうですね。彼は有名ですよ。ここにはよく来るんですか?

ジョン:しょっちゅう来るよ。常連だね。フィル・アップチャーチやボブ・ベイン、彼は70年代から毎日TVで活躍しているスタジオミュージシャンで、あの『ピーターガン』の作者だよね。あとは、ラリー・コリエルとか、ジョー・パスなんかも生前は良く来ていたね。リー・リトナーはテイーンエイジャーの頃から良く来ていたよ。まだこんな頃から知ってるよ。
(と言って自分の腰の辺りに手を置く。リーはカラザース工房があるヴェニスビーチに程近いマリブビーチに住んでいる。共に映画俳優やミュージシャンの別荘が多くある高級住宅街といった感じのところで、リーなんかいかにもオボッチャン風だものね。)

〜バジーは最近来た?

ジョン:バジー・フェイトンは昨日居たよ。昨日だったら会えたのに。残念だったね。最近はグレッグ・オールマンのヨーロッパとアメリカのツアーをやっていたよ。

〜日本の音楽雑誌の彼のインタビューに「カラザースのギターを使っているよ」という記事が出ていましたよ。

ジョン:2本のソリッドとアコースティックナイロンを造ってあげたからねぇ。


●ジョン・カラザース『バジー・フェイトン・システム』について語る

〜バジー・フェイトン・チューニングシステムの開発について、以前聞いた時に『あれは僕が開発したんだよ。バジーは名前をどこにも入れてくれなかったみたいだけれど・・・。でも別にいいんだ。僕はみんなが何か困った時に相談してくる、駆け込み寺みたいな存在だからね。」と言っていた。

ジョン:最初、彼が困ってどうしたら良いか相談してきて、それに僕がアイディアを加えながら共同で開発していったんだよ。コンサルタントした訳だね。

〜そう言えば去年訪れた時は「これは特許出願中だから、誰にも言ってはいけないよ。」と言って、ジェニファー・バートンと開発しているパーツ(ヒントは彼女がよく使っているダンパーがあるものと一体型になっている)を見せてくれたっけ。小さなアイデアだったけれど、なるほど良いパーツだよなあ、と感心したものです。コンサルタントという仕事はミュージシャンの要望を実際の形にしていくという事なんだね。

ジョン:使うゲージによってずれるチューニングのパーセンテージをフィンガーボードをずらす事で補うという計算式のパテントを取ったんだ。ナットが少しずれているんだよ。厳密にいうと、09、10、11のゲージでは変えるべきなんだが、まあそれでもかなり上手くいったと思うよ。でもそれには2つの大事な事があって、1つは弦高、もう1つは弦自体の柔軟性を頭にいれておかないとね。

〜日本では革新的なアイデアと評されていて、単音でもこのシステムを取り入れる事によって、音が良くなるとか、楽器のクオリティーが上がるから安いメーカーは取り入れるベきだとか言われているんですよ。

ジョン:うーん、でもチューニングに関しては2ノート以上の音でおのおのの音のディスタンスが・・・という事がコンセプトだからなあ。でも1つの音を弾いても、絶対に他の部分もバイブレーションしている訳で、実はそれが音色を作る上でかなり重要な事だしね。あながち間違いでとも言えないね。
 そういったら、このシステムは非常に誤差が厳しいので安いメーカーはつけるといいかもね。それだけきちっとするしね。パーツの共鳴がよくなると思うんだが、許容差、誤差に厳しいのでKORGのチューナーで正確にやらないと意味がないよ。そもそもこのチューニングシステムのコンセプト自体はなにも新しいものでは無くては400年前からあるよ。テンパードチューニングとかね。コンサートピッチはドイツ人が、名前は忘れたけれど・・・。

〜高い音はより高く、低い音はより低くというあれですよね。

ジョン:その通り。とにかく新しいコンセプトではなくて、理論の応用なんだよ。でも60年代にサンフランシスコにあったメーカーでマイクロフレットカンパニーという会社がTRYしてるんだけれど、全然実用的ではなかったよ。

〜そういえば、リッケンバッカーがななめになったフレットのギターを出してましたよね。

ジョン:そうだね。最近だとノバックスとかね。皆やっているんだけれど実用的では無いんだよ。こっちに来てごらん。これはフランスのメーカーで(フレットモービル社)フレットやナット各弦、各フレットが動くようになっている。

〜全然実用的じゃないじゃん。まあガットギターだからチョーキングはないにせよ、音色は?

ジョン:これはYAMAHAと開発したフランク・ギャンバレのスペシャルフレット『ベントフレット』だよ。横まっすぐのフレットでは無く、2弦とか3弦の所がグニャっと曲がっていて、しかも交互になってたり、まっすぐのフレットもあったり・・・(ムム)

 それぞれ3つの違うこのシステム開発に関わっていたんだよ。これを見てごらん。『VAI』と書いてあるのはスティーブ・ヴァイの事だよ。ちょっと古いネックさ。

<IBANEZ JEM777の白いマッチングヘッドNECKに先ほどの『ベントフレット』が。ネックヒールには『VAI Los Angeles Custom Shop Sanple FLO』の文字が。これはスティーブ・ヴァイの本人のものだ。>


ジョン:こんなものもあるよ。

<今度は同じネックに電池がついている。SWを入れると何とフィンガーボードのツリー・オブ・ライフが光る仕組みだ。>


ジョン:これもスティーブ・ヴァイのネックだ。スーパーセットネックのホローBODYもあるよ。このマーチンは、バジー・フェイトン・チューニングシステムを施して、ついでにSBからナチュラルにリフィニッシュしているところだよ。バジー・フェイトンのだ。

〜えっ、バジー・フェイトン本人のやつ?

ジョン:そうだよ。バジーのだ。他にカラザースのナイロンのエレクトリックガットも使っているよ。リトナーと同じモデルだよ。(さっきのフィル・アップチャーチに作っているやつと同じやつ)
他に2本のエレクトリックのソリッドBODYを作ってあげたので、普段はそちらを使っているんだが、セッションとかにはガットも弾くみたいだよ。もうすぐダン・アールワインの本が出るので、そのギターと私達2人が写っている写真が出るはずだよ。

〜カルロス・リオスには?

彼の今のメインはストラトサウンドが出るという335タイプのギターだ。


ジョン:2本作ったよ。SEALにも作ってあげたよ。
(今、カルロスはシールのツアーに出ているそうです)

〜ラリー・カールトンには?

ジョン:何本もやったよ。じゃあこっちに来てごらん。ギタープレイヤーの表紙が出てるポスターを見ながら話そうか。(67〜92年までの表紙が出てるポスターを前にして)77〜87年までは本当に良く色々な仕事をしたよ。


●ウエストコーストのミュージックシーンはこの人が支えていた

 本当に業界の生き字引みたいな人で、FENDER、YAMAHA、MARTIN、IBANEZ、etcのコンサルタントを長年勤めていたので、アメリカ製だけでなく日本の超有名モデ ルなど色んな開発にあたっています。
ロベン・フォードモデルの開発秘話や、マーチン社長が修行に来ていたとか、フェンダーカスタムショップの立ち上げの時の話とか、EMGピックアップを開発した時の事。あのダン・スミスやジェイムス・デメターもここで昔は働いていたとか、とにかく1回では書き切れないので、次回また紹介するとして、ここではそのまま話を続けます。


ジョン:この写真はフランク・ザッパがジミ・ヘンドリックスに貰ったギターで有名なモントレーJAZZフェスティバルで燃やされたやつだよ。真っ黒こげのやつを彼が持ってきて、弾けるように直してくれと。だから、何から何まで全てSET UPしてあげたんだよ。何せ真っ黒焦げだったんだから(笑)。

〜今は息子のドウージル・ザッパが持っていますよね。

ジョン:そうだね。ロギンス&メッシーナの頃のこのジム・メッシーナのヴィンテージ・ストラトはリフレットや調整したし、同じくこのボロボロのボニー・レイットのストラトもフレットとか色々やったな。後にボニー・レイットモデルの元になったやつだよね。このロビン・トロワーのストラト、KISSのツアーのギターもSET UPしたしね。
リー・リトナーの赤いヴィンテージ、335の改造と調整。このラリー・カールトンの335のテイルピースをTP-6に変えたのは私がやったんだよ、ニュージェネレーションギタリストだったからなあ。ラリーは。

〜えっ、これはあの有名な335ですよ。今でも彼はメインで使っていますよ。

ジョン:そうだね。ラリーはこれで本当に有名なSoloを一杯生み出したよね。スティーリー・ダンとかクルセイダーズとかね。当時殆どこれだよ。

<当時のラリーとかリーとかロベンとかと開発したギターの話も聞き出してあるので、これはまた次回に詳しく書きます。>


このハートのギターも、トミー・テデスコのもやったな。このターコイズブルーのライ・クーダのストラトの色も私が塗ったり、リペアーしたりね。

〜えっ! これは有名な写真のギターじゃないですか? アルバムのジャケットに写っているあのSTじゃないですか!! ホントに? 憧れでしたよ、このギターは。

ジョン:そうだよ。ライには他にもSBでバインディングネックのストラトにラップ・スティールPUをつけたりとかもしたよ。

〜それも超有名ギターですよね。すごいなあ。

ジョン:このヴァン・ヘイレンのベーシストのマイケル・アンソニーには、ほらこの剥がれていてサインが入っているベースにバジー・チューニングシステムを入れたり、エレクトロニクスの改良を施したりしたよ。ゲイリー・リチラース(REOスピードワゴン)は1959年のLPを5本も持っているんだけれど、全てSET UPとかリフレットとかやってあげてるよ。フォリナーやサバイバーとかこのあたりのバンドは結構面倒みているよ。
ZZ TOPのビリー・ギボンズなんかは、ほらあれ見て。ちゃんとクリスマスカード を送ってきてくれたよ。アルバート・リーのこの有名な50年代のテレキャスターもリフレットとか調整をね。

〜えっ!! これは彼の教則ビデオとかに出ている有名なTEじゃないですか?

ジョン:そうだね。このピーター・フランプトンの有名な3PUのLPカスタムはリフレットしてあげた直後に機材一式を載せた飛行機がジャングルに墜落して粉々さ。だからもう、この世には無いんだ。
 あと、スタンリー・クラーク、デヴィッド・リンドレー、あっ!このエイドリアン・ブリューは彼1人で全ての楽器を演奏したレコードで、ベースはSUB-1を使っているんだ。ジェイムス・テイラーがエミルー・ハリスとやったレコーディングしてた頃、彼の小さいアコギには世界初のステレオマイキングシステムが施されていたんだよ。どういう事かと言えば、今はフィッシュマンなど、どこでもやっているピエゾ・PUシステムというのは、実は私が1969年に開発したんだ。まだこの時期にこのシステムをやっていたメーカーはどこにも無いでショ?

〜どのレコードで使っているんですか?

ジョン:どのレコードに使ったかは知らないけれど、ライブでいつも使っていたよ。というか、彼がいつも使っていたギターだからね。その後、いろいろギターを変えているから、今は持ってくれているのかなあ?
 このエディー・ヴァン・ヘイレンのテーピングギターでしょ。あと、スターリックスのビデオで使っているネックの両側にPUがあってネックも2本あって片方が音階が上がっていくやつでもう片方が下がっていくやつという変なギターも造ってあげたなあ。

〜そんなギターがあったんですか? さすがのエディーもそれは使いこなせなかったでしょ? ボツ案ですね(笑)。

ジョン:このジャコ・パストリアスはジャズベースのフレットを自分で抜いてしまったら、むちゃくちゃになってしまって使えなくなったので、ここでまた全てやり直してあげたんだよ。フィンガーボードを綺麗にしたり。ボコボコになっちゃってたからなあ。そのあとジョニー・ミッチェルのツアーでメインで使って一躍有名になったよね。
アラン・フォールズワースのもやったし、アンディー・サマーズのTE、ストラト、335なんかも一杯やっているよ。彼はこのヴェニスにスタジオを持っていて、一緒に働いている人もよく来るよ。
 エリック・クラプトンのブラッキーには面白いエピソードがあるよ。フェンダーのカスタムショップを立ち上げる時の話しなんだけれど(カラザースはフェンダーのコンサルタントも長年努めている為、また彼の工房には彼自身の手によるサンプルネックから全く同じグリップに削り出せる世界に2台しか無いマシーンがある。)
クラプトンのブラッキーのネックを採寸して、ここで全く同じネックを作るという話になったんだよ。そうしたら彼のクルー(多分、リー・ディクソンの事だろう)がイギリスからブラッキーのネックだけ持ってきて、ロスの飛行場から一直線にタクシーでここまでやってきたんだ。それからこちらが仕事している間、ずっと待っていて、採寸が終わるとまたすぐにブラッキーのネックを持って、タクシーで空港に戻ってすぐさまイギリスに帰って行ったというわけ。すぐそこにヴェニスビーチがあるのにね。まあクラプトンの最愛のブラッキーだから、バラバラになったまんまじゃまずかったんだろうね。何せBODYはイギリスだからね(爆笑)。


 さて、まだまだこの続きはあるのですが、長くなってしまったので、ひとまず。また次回のお楽しみという事でよろしくお願いいたします。


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